日本聖公会京都教区やその他のところで、原田文雄司祭は「大したこと
はしていない」と未だに思いこんでいる人がいるようだが、鞍馬天狗氏は
裁判記録を細かく閲覧してきている。 「あれが大したことでなければ、
電車の中などでの痴漢行為など、まったく問題にならないだろう」と言っ
ていた。間違いない。拙者が自分の耳で氏からつい今し方、電話で聞いた
ことだ。氏が閲覧時に書き写したメモには、それぞれの被害状況の概略が
記されているそうだが、そうした被害状況に対する原田文雄司祭の反論を
高等裁判所はすべて、判決で退けているという。
鞍馬天狗氏は、訴状のその部分の概略をメモしているが、A4のコピー
用紙に4枚あるそうだ。スキャナーで取り込んでメールで送るように頼ん
だが、「書かれている内容が内容なので、お会いしてからでないとお見せ
出来ません」と言われてしまった。氏は拙者のHNが気に入らないらしい。
天狗は新撰組を嫌っているからかもしれないが、それだけじゃないだろう。
書かれていることが書かれていることだけに、下手なところに流れて興味
本位な記事を書かれたら被害者が困るからな。
「糾す会」は、これまでもそれとなく一斉メールに書いてきていたが、
原田文雄司祭がしたわいせつ行為は「大したことではない」どころではな
く、重大な犯罪行為だ。古賀司祭がこの行為の具体的な内容を知っていな
がら原田文雄司祭を庇ったとしたら、ある意味で古賀司祭も重大な責任が
ある。あの証拠写真を提出しただけの責任ではない。だから、古賀司祭が
某女子大学のチャプレンとやらをしていることに関して、被害者の父親が
クレームを付けても当たり前だろう。
そして、鞍馬天狗氏は被害状況に関して描かれた絵図のうち、礼拝堂と
「礼拝前の準備をする部屋」での原田文雄司祭の加害行為に関するものを
描き写してきている。大変な絵だそうだ。まじめな方は、相当覚悟して裁
判記録を読みに行った方がいいと鞍馬天狗氏は言っていた。氏の遠回しな
言い方からしても、その内容が「大したことではない」ことだけははっき
りと判る。日本聖公会は覚悟しておいた方がいい。いつか、どこかのジャー
ナリズムがこの事件の悲惨さを伝えるだろう。それが、低俗な雑誌でない
ことを拙者は願っているが、もしそうした雑誌に載ったら、発行されてか
ら数時間の内に、インターネット上に情報が現れる。そして、あっという
間にそれが広がるだろう。そして、原田文雄司祭は依願退職しただけで、
退職金を受け取り、のうのうと暮らしていると書かれたら、日本聖公会京
都教区は最早弁解のしようがないだろう。
責任者がしっかりとした責任を取るなら早い方がいい。
最初の情報では、原田文雄司祭から送られてきた書簡は送り返したとの
ことだったが、被害者の所にしっかり保存してあるそうだな。お父さんだ
ろ、さすがだな。自分の娘にあそこまでされて、おまけにあんな捏造した
ことを謝罪するようなふざけた謝罪を送りつけてられたら、たいがいの親
爺は黙ってないだろ。これでも黙っている聖職や信徒は。根性が腐ってる
な。拙者もそうだが、みんなが被害状況を詳しく書かないのは、あまりに
強烈すぎて書けないからだ。あれをそのままブログに書いたら、警察が来
るかもしれないくらい陰惨なわいせつ行為だ。日本聖公会の司祭はあれを
読んだ方がいい。こうした事件が、時として近所で起きる可能性がある。
司祭はつらいだろうが、心を鬼にして読んできた方がいい。
それにしても、あの「謝罪」文書はデタラメだな。裁判記録に残ってい
る被害状況の中に、あのような場面はないんだ。原田文雄司祭は大丈夫か?
裁判記録で明らかになっていることを無視して、あのような「謝罪」文書
を送ったら、和解の道が遠ざかると思わなかったのか?そして、原田文雄
司祭はウイリアムス神学館で説教学の教授だったんだろ?拙者の仲間が
「お説教された時の逃げ道を教えてたんじゃないか?」と言ったら、別の
仲間が「逃げられてないだろ、原田文雄司祭は。あれじゃ墓穴を掘るだけ
だ」と笑っていたぞ。
それよりも、京都教区は今頃慌ててるだろうな。これまであの文書のこ
とは「糾す会」の一斉メールでそれとなく言われていただけだからな。こ
れだけブログで取り上げられたら、京都教区はどうしていいか判らないん
じゃないのか?それとも、ことの重大性を認識できていないかもな。「あ
の謝罪のどこがおかしいんだ!」という怒鳴り声が聞こえてきそうだ。そ
う言われたらすぐさま言い返すぞ、「あっ、あの『謝罪』文書のことをご
存じだったんですね。」ってな。あのまま何も起こらなければ、年明けに
はそれとなく動き始めて、2006年4月1日付けで原田文雄司祭を復職
させるつもりだったんじゃないのか?日本聖公会のまじめな司祭さん達は
困ってるだろうな。たぶん、「信じられない」と思っているだろう。しか
し、あの文書は間違いなく原田文雄司祭の書簡だ。
最初は拙者も目を疑った。復職はあり得ないと言いながら、衣の下から
鎧が見えているからな。しかし、もうちょっとうまく書けよ、説教学の教
授だったんだから。あれじゃぁ、下心が見え見えだぞ。これで高地主教は
窮地に追い込まれたな。もう弁解できないだろ。これでも責任回避したら、
お天道様が黙っちゃいないぞ。
日本聖公会京都教区は恥を知れ!
ここまで暴露され、姑息な手段を使って信徒の女性を弄んだ自分たちの
仲間の司祭を、日本の法律を超えてその事件を隠蔽し、退職金を支払うた
めに「依願退職」させ、そして最後は、特定の被害者だけを排除しようと
している。日本聖公会にもの申す氏には拙者があの書状の写しを送った。
そして、あの書状はなんだ! 誰が読んでも腹が立つだろう。
日本聖公会の主教や司祭は「梟首」という言葉を知っているか。市中引
き回しの上、獄門さらし首というやつだ。日本聖公会京都教区は「人権」
などという高尚な言葉は知らんだろうから、反論が出来んだろ。日本聖公
会京都教区は、あの女性を徹底的に阻害し虐待してきたのだ。原田が「事
実無根」を唱えたら、それだけを根拠に復職させ、日本聖公会京都教区の
高地主教は裁判の傍聴に行かず、原田は教区常置委員会であり続けただろ
う。管区の総会にも出ていたよな。恥を知れ、恥を!
原田がしたことは勿論のこと、原田の性的虐待行為を隠蔽しようとし続
けている京都教区も言語道断だ。聖職者は性犯罪を犯しても赦されるのか?
しかも原田は、京都教区が謝罪の記者会見を開く前に、突拍子もないでっ
ち上げのことを書いた書状を被害者とその家族宛に出しているだろう。出
していないとは言わせないぞ。いま手元にあるものは、確実にそのコピー
だ。ご丁寧に、原田は署名し印鑑まで押している。ここに書かれている署
名は原田独特のものだ。裁判になったら秘跡鑑定になるだろうが、当然、
本人のものとされるだろう。
被害者が胸の所に飛び込んできて、その反動でソファーに倒れ込み、被
害者の体(実際にはきわどい言葉が使われている)に手が触ったことを謝
罪しているが、何を考えているんだ。被害者の訴状や証拠として出された
被害状況を説明した文書を、原田自身も読んでるだろ。だから、それに対
する反論を書けたんだよな。拙者の手元にも、何人かの裁判記録閲覧者の
メモが届いているが、あの書状に、原田は何をふざけたことを書いている
んだ。裁判所が事実だと認めた性的虐待行為は、その程度のことではない
だろ。そして、いい加減で京都教区は目を覚ませ!
日本聖公会京都教区は<誠>という漢字を知ってるのか。
聖書の中にも出てきているから、知らないはずはないだろう。そしてその
意味も判っているはずだ。しかし問題は、誰に対する<誠>かということだ。
日本聖公会京都教区の司祭や執事にとっては、主教に対する<誠>だけが
大切なことだと考えられているんじゃないのか?日本聖公会京都教区の聖職
は聖公会の綱憲を読んだことがないようだから、ここに書いておいてやる。
綱 憲
日本聖公会は全世界の聖公会と共に次の聖公会綱憲を遵奉する。
第1 旧約および新約の聖書を受け、之を神の啓示にして救いを得る
要道を悉く載せたものと信ずる。
第2 ニケヤ信経及び使徒信経に示されたる信仰の道を公認する。
第3 主イエス・キリストの命じ給うた教理を説き、其の自ら立て給
うた洗礼及び聖餐の2聖奠を行い、且つその訓誡を遵奉する。
第4 使徒時代より継紹したる主教、司祭、執事の3聖職位を確守する。
「聖書」「啓示」「信経」「聖奠」「訓誡」「遵奉」「使徒」「継紹」と
いった漢字を読めるかどうかが、最初の問題だ。「聖奠」等は日毎に耳にし
ているだろうから、読めないはずはないだろうが、それでも心配になること
さえある。次は、これらの意味を答えられるかどうかだ。「啓示」などはき
わめて難しいだろう。また、「聖奠」に関して、何故日本聖公会は「洗礼」
と「聖餐」に限定しているのかということ、あるいは、この二つだけに聖奠
を限定すると、主教按手でさえ聖奠ではないことになるということを認識で
きているだろうか。「準サクラメント」とか「聖奠に準じるもの」と勝手な
解釈をしている司祭がいるが、「聖奠」はそんな軽々しいものではない。
「使徒」「継紹」に至っては、重大な問題がある。司祭の中に、この「継
紹」が歴史的事実であると思い込んでいるのがいる。ペテロがローマで死ん
だという科学的証拠が残っているのか。あるいは、聖書に書かれているのか。
また、この二つの「聖奠」に関して、それがサクラメントであるための必要
十分条件は何か。あるいは、「聖奠」のうちの洗礼に関してだが、日本聖公
会だけでなく、世界の聖公会では「緊急洗礼」を認めているのか。
また、ローマ・カトリックは「七つの秘跡」をサクラメントとしているが、
残りの五つは日本聖公会では聖職ではなくても行えるのか。結婚式や葬式を
信徒が執行しても構わないのか。
これらのことを管区や教区の聖職試験委員に問題として試験をしたらおも
しろいぞ。もちろん、聖書や参考図書の持ち込みを禁止して、隔離された試
験会場での話だ。レポートでは参考図書を丸写し出来るからな。ことに聖書
に関しては、最近は「続編」と言われている『七〇人訳聖書』にある部分を
日本聖公会は何故聖書として認めないのかということに関しても出題したら
いい。新約聖書の中には、この『七〇人訳聖書』が引用されているところが
あるからな。それをどう神学的に考えられるか。
解答用紙を見てみたいものだ。まったく書けない項目があるんじゃないの
か。あるいは、まったく的外れな答えが書かれることがありそうだな。もち
ろん、かなり正確に神学的説明ができる司祭もいることはいるが、「神学は
あの方たちが一生懸命していますから」という言葉が、現職の聖職者の口か
ら出てきそうだ。聖職試験委員がこのレベルだから、これを受ける者たちが
答えられなくても当然だろう。
ついでだから言っておこう。日本聖書協会『新共同訳聖書』では、マルコ
による福音書の16章9節以下が〔 〕で括られているが、その意味を答え
られる現職の司祭が何割いるか。信者に聞かれたら、答えに窮するようでは
困ると思わないのか。
京都か。悪人が善人面して歩ける町なのか?そう言えば、連合赤軍のJNも
京都の大学中退だったな。原田文雄司祭を吊し上げても、おそらく何も吐きは
しないだろう。あの男は、飯が食えて、パチンコが出来れば、後は女のことしか
考えていないような男だ。あの男が園長をしていた幼稚園の教諭に聞けば、そ
んなことは誰にでも理解できる。京都教区では有名な話じゃないのか?彼奴が
園長をしていた幼稚園で、一年の途中で退職した教諭が何人いるか調べたら
いいぞ。そして、その本当の退職理由もな。
その原田文雄司祭を庇って、民事裁判では偽証罪を追求されたことはないと
いうことを知っていて、被害者が指摘している加害現場とは異なった場所を撮
影して、裁判所にその写真を提出した古賀久幸司祭。自分のしていることが
判っていたのか。裁判所が現場を調べれば、その写真が偽証であることくらい
すぐに見抜けると思わなかったのか。おろかといえば愚かだが、ある意味で、
可哀想になるくらい頭が回らない男のようだな。
そして主教。高地敬とかいう人だろ。自分の立場を守るためにしか動けない
人だ。あの人が書いた文を読めば、これも一目瞭然だ。あの<常置委員会特
別報告を受けて>という文書は笑えたな。自己保身のために書いたんだろ。
部下が性的虐待を、その会社の中で長年に亘って繰り返していたら、常識的
な組織だったら上司も懲戒免職処分だ。それを知っているから、何とか話のつ
じつまを合わせて、自分は生き延びようとした。そのためには原田文雄司祭を
懲戒免職にするわけにはいかない。何せ高地敬主教は、原田文雄司祭よりも
年下だからな。
俺のことは調べても無駄だ。ブログへの書き込みなどいくらでも細工が出来る。
協力してくれる奴が一人いたら十分だ。時々、得意の三段突きで京都教区の
主教や司祭達の根性を叩き直してやろうと思っている。あれじゃまるで、被害者
は人身御供にされているようなものだ。あれだけの期間にあれだけハレンチな
ことをしたんだ。高地・原田・古賀の3人は打ち首が当然だろ。
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